前世界銀行副総裁の西水美恵子さんの寄稿が、日経新聞2006年7月29日付夕刊1面の「あすへの話題」に載っていました。それは、アフガニスタンにおける女性の地位についての自身の認識不足を反省しての「女性失格」と題する次のような文章でした。
世界銀行の融資局長になってすぐ、アフガニスタンとパキスタンの国境に近いカルザイ村を訪れた。
(中略)
会の終わりに、農作物の収穫を倍増した彼らの団結を讃えようと立ち上がった時、小さな子供たちが「おばさん」と駆け寄ってきた。男衆の銅色に焼けた顔がはころんだ。ふと思い立ち「お父さんたちはね、あなたたちの未来のために汗を流して」と彼らの苦労を褒め、「父を見習え」と教えた。
顔をくしゃくしゃにして喜んだ村長が「家に来てくれ、女衆も紹介したい」と言う。同行の世銀パキスタン事務所所長と職員たちが一瞬ひるんだ。村の女衆は土壁の要塞に守られた民家に潜む。会うことは紅一点の私にしか許されないからだった。
外界から遮断された中庭で女衆と過ごした半日は楽しく、村長の懸命な通訳のおかけで貴重な学習の時間でもあった。学校はできても、女の子の通学が心配。診療所に通わないのは、女先生がいないから。村長までが「村の女衆に読み書きを学んでほしいが、先生を家に呼べないだろうか」。
日が西に傾く頃、やっと門を出た私を迎える世銀男性群の顔がまっ青だった。「諸君の局長は女性失格!」と笑った。「知らなかった。国民の半分を無視していた」。
世銀事務所が総ぐるみで本気になった。この国では無理と言われた女性専門職員が増え出すまで、時間はかからなかった。
アジアで始めてノーベル経済学賞を受賞したインド出身の経済学者アマルティア・セン博士が、2000年、東京で開催された「人間の安全保障国際シンポジウム」の基調講演のなかで、脅かされ続けてきた「人間の生存、生活、尊厳」の問題について、「今こそ協力して努力しなければならない明白な理由」を二つあげています。
ひとつ目の理由として、「『人間の生存、生活、尊厳』のうちのそれぞれが、近年において新たに広がりつつある危険や災難のために妨げられているという事実」であり、例として「AIDS(後天性免疫不全症候群)、新種のマラリア熱、多剤耐性結核」、「市民が軍隊との衝突で捕らえられたり、または、独裁的な体制が生み出す大量虐殺や迫害によって命をうばわれること」などを挙げています。
そしてもうひとつの理由として「現代世界においては、人間としての生存を脅かす暴力に対して、よりよく連繋して抵抗するために、私たちの努力と理解を結集できる大きな可能性が開けているから」であり、現代世界は「危機的状況の本質が以前にも増して的確に把握されるようになった世界」であり、「それらに対処して解決するチャンスも増した」からであると言っています。
(アマルティア・セン「貧困の克服(集英社新書)」p135『なぜ人間の安全保障なのか』より)
自分が知らないだけで、世界にはさまざまな形の貧困や差別、絶望的なほどの貧富の差があり、将来への希望など何もない、生存さえも脅かされている多くの人々がいます。
いま自分に何ができるのか、私たちに何ができるのか。直接、支援の場に立つことはできなくても、いまでもできることがあるはずです。それは、支援活動を行っているNPOなどへの寄付かもしれないし、イスラエルの行動を擁護するアメリカにどこまでも追随する日本政府にストップをかけるための投票行動かもしれません。
幸い、いまはインターネットという手段があります。大事なことは、今何が起きているのか、政府の発表や大手メディアの報道だけに頼ることなく、自分で情報を集め、判断することだと思います。
独立行政法人経済産業研究所 / 西水さんのプロフィール
思い出の国 忘れえぬ人々 / 西水さんのメディアへの寄稿文
貧困の克服 / アマルティア・セン(集英社文庫)
人間の安全保障 / アマルティア・セン(集英社文庫)
都心では先行上映が終わったところもあるようですが、いま公開中の映画『間宮兄弟』をご覧になった方、いらっしゃいますか。わたしは自宅近くのシネコンで見ようと思っているうちに公開が終わってしまい、実は映画はまだ見ていないのですが、本のほうを読みました。
江國香織、うまいですね。何ということのないストーリーなんですが、シンプルで読みやすい表現で、あっという間に読み終わってしまいました。登場人物、兄弟の住んでいる街の空気など、あっさりした表現なんですが、実によく雰囲気が出ています。
「マイペースで変わらない」間宮兄弟と接することで周りの人間たちが少し変わる、変わることで、いつのまにかキモチが楽になったり、シアワセな気分になる。兄弟の周りにいる人たちの、そんな「なんとなくいい感じ」が伝わってきたような気がして、日々の生活を続けること、続けられることの幸せに気づかされた小説でした。
これまた、特別なことやドラマティックなことが幸せなのではなく、「いつもどおりの日々を重ねていくこと」の大切さと幸福について書かれた短編集です。
たとえば「幽霊の家」の中に、こういうふうに書かれています。
大人にならなければ、きっと、ああいう意味のない時間・・・・・・こたつで親しい誰かと向き合って、少し退屈な気持ちになりながらもどちらも自分の意見に固執してとげとげすることはなく、たまに相手の言うことに感心しながらえんえんとしゃべったり黙ったりしていられるということが、セックスしたり大喧嘩して熱く仲直りしたりすることよりもずっと貴重だということに、あんなふうに間をおいて、衝撃的に気づくことは決してなかっただろう。
それぞれの物語は、ジャンル分けすればいわゆるラブストーリーということになるのでしょうが、作者が一貫して描いているのは「日常を続けることの幸せ」であり、そのことに改めて気づかされる短編集です。
年齢を重ねてくると、まわりではいろいろなことがおきます。そういう時にこういう本を読むと、変わらないでいられることの幸せをシミジミと感じますね。
間宮兄弟 / 江國香織(小学館)
デッドエンドの思い出 / よしもとばなな(文春文庫)
アメリカ人で、日本語で詩を書いているアーサー・ビナードのエッセイ集『日本語ぽこりぽこり』のなかに、「メロンの立場」という話があります。
詩人。1967年、米国ミシガン州生まれ。20歳の頃、ヨーロッパへ渡り、ミラノでイタリア語を習得。1990年、コルゲート大学英米文学部を卒業。卒論の際、日本語に出会い、魅惑されて来日。日本語での詩作、翻訳を始める。2001年、詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。
(Amazonの著者紹介より)
イラクでの戦争について書かれたエッセイですが、その中にこんな一節があります。
22歳のとき、ぼくはインドのマドラス市で四か月ほど、タミル語の勉強に没頭した。プライベートレッスンで教わった先生は、インドの語学の偉い研究者で、大学をリタイアして時間的余裕ができ、ボランティア精神に基づいてビギナーのぼくを拾ってくれた。ぼくより英語が堪能なその先生は博学この上なく、レッスンは毎回おもしろく寄り道しながら進んだ。
ある日、大英帝国とインド独立の戦いに話が及び、先生はこんなことわざを教えてくれた。
『包丁がメロンの上に落ちても、メロンが包丁の上に落ちても、切られるのはメロンだ』。
そのときの「メロン」は、インドの一般市民を指していたが、今のイラク市民も、そっくり同じ立場だ。
自国の(あるいは自国の特定の企業の)利益のことしか考えていない、そして結果として常に「包丁」でありつづけるアメリカ。「正義」の衣の下に「包丁」を隠しているアメリカ。
アメリカが押し付けたといわれている日本国憲法前文には、次のように書かれています。
ブッシュ大統領はもちろん、小泉首相も読んでいないんでしょうね。
冷戦後、アメリカは自分たちだけが「正義」であり、「世界の警察官」であることがアメリカの役目だと思っているようですが、内部で不正があってもそれを隠すのが警察という組織であるとすれば、グアンタナモ空軍基地で行われていることをアメリカがひた隠すのも、うなづけますね。
日本語ぽこりぽこり / アーサー・ビナード(小学館)
帝国アメリカと日本 武力依存の構造 / チャルマーズ・ジョンソン(集英社新書)
絵本 日本国憲法前文 / 桑迫 賢太郎・さかい いずみ(中央アート出版社)
もう先々月のことになりますが、亡くなった俳優田村高廣さんを追悼し、NHKが出演作4本をBS2で放送しました。5月29日には小栗康平監督の『泥の河』が放送され、久しぶりに見ることができました。ちなみにこの映画は、主演の田村高広さんが一番好きな映画だったそうです。
映画は昭和31年ごろの大阪安治川河口が舞台で、河の近くで食堂を営む晋平の息子信雄(のぶちゃん)と、廓舟(売春宿)の笙子の娘銀子と息子喜一(きっちゃん)との出会いと別れが描かれています。
この映画の魅力は、世間の偏見や評判に臆することなく、あくまでも自然体で銀子ときっちゃんの兄弟と接する晋平夫婦、そしてなんといっても子役たちの演技です。
映画のラストで、去っていく廓舟を信雄がどこまでも追いかけていくシーンも印象的ですが、貞子に送られた洋服を一度は着た銀子が、その服をそっと置いて自分の家(といっても船ですが)に帰っていくときの表情がなんとも切なかったです。
わたしは昭和27年生まれですが、小さかった頃、市内の河にいわゆる船上生活者がいたことを覚えています。あの頃、まだまだみんな貧しかったんでしょうね。うちも同様だったと思いますが、親のおかげでそういうことを感じることなく、子供時代を過ごすことができました。
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